妊娠も37週を過ぎ、もういつ産まれてもおかしくないからねーと話題が出るくらいになったある日の話。
その日はパパが当直で、私と娘しか家にいなかった。
夜中、4歳の娘がなかなか寝付かないなと思いながら添い寝していたら、娘がむくりと布団の上に起き上がって言った。
「ほんとうは、ママとはなれたくない」
そう言って、娘はポロポロと涙を流した。
うん、知ってたよ。
あなたが、お産の時にママと離れておじいちゃんおばあちゃんの家に行くことを、一度も「いやだ」と言わなかったこと。
どうしようもないから、言っても困らせるって思ったんじゃないかな。
不安そうな顔も、いやそうな素振りも一度も見せず、「わかってるよ」と言ってくれてたこと、知ってたよ。
「ほんとうは、おばあちゃんちにいきたくないよ、ずっとママといたいよ」
小さくそう言って泣く娘に、私はその日、沢山お話をした。
あなたが産まれた日のこと。
あなたが産まれるまで、ママはママじゃなかったこと。
あなたが産まれて、こんなかわいいものがこの世にあるのかと本当に驚いたこと。
あなたが産まれて、本当に幸せなこと。
あなたと一緒にいられて本当に本当に幸せなこと。
もう一人赤ちゃんが来るのはママも不安なこと。
でも、弟か妹が欲しいとずっとあなたが言ってて、あなたみたいな子がもし家族に増えるなら、ママも嬉しいなと思えたこと。
誰よりあなたが大切なこと。
誰よりあなたが大好きなこと。
ママと離れたくないこともわかってたこと。
ママもあなたと離れたくないこと。
とりとめなくそんな話をした。
入院中に離れなくてはいけないのはもうどうしようもなくて、それは娘もわかっていたから、娘を膝に乗せて抱きしめながら。
娘は何度も、
「ママがすき」
と言った。泣きながら。
私も
「ママもだいすき」
と言った。やっぱり、泣きながら。
ひとしきり2人で話して、涙もだんだん減ってきて、そしたら私のお腹が「ぐう」と鳴った。
「あかちゃん?」
「違うよ。……泣き過ぎたから、ママのお腹が減ったんだよ」
「Uもおなかすいた」
「でももう夜遅いしなあ……」
「えー」
娘が不服げに唇を尖らせた。
しばらく悩んでから、冷蔵庫にいちごが残っていたことを思い出した。
「いちご、ちょっとだけなら」
「たべる!」
「パパには内緒ね」
「ないしょだね!」
いちごは4個しか残ってなくて、ほんの少し傷みかけていた。
きれいに洗って、
「半分こよ」
「わかった、2こずつだね」
と、2人でわけて食べた。
「あまーい!」
「ほんと、甘いね!」
薄暗い部屋で食べた小さないちごはとても甘くて、そう言えば私は一つも食べてなかった事を思い出した。娘が果物大好きだから、お弁当とかに入れてあげてたのだけど、そうか、一つでも多く食べさせたくて、私は食べてなかったんだ。
いちごはあまりに小さくて、私はすぐに食べ終わってしまったけれど、娘は大事そうにゆっくりゆっくり食べた。
食べ終わって口をゆすいで、もう一度布団に戻る頃には、もう23時を回っていた。
娘を後ろから抱きしめながら横になっていると、10分も経たずに深い寝息が聞こえてきた。
私は完璧なママなんかになれなくて、娘の言葉にきちんと答えを出してあげることもできなくて。
情けないなあ、ごめんよ。ごめん。
翌朝、娘は
「きのうのいちご、おいしかったねえ……」
としみじみ言って、それからもう、「ママとはなれたくない」とは言わなかった。
私が陣痛で(後から振り返れば前駆陣痛だったのだけど)パパと娘と一緒に病院受診する時も、入院が決まって「しばらくバイバイねー」とぎゅーしてタッチした後も、一度も泣かず。
今日も祖父母の家で、泣かずに遊んでいるという。
一体どれだけ我慢してるだろうと思ったら、私の方が泣けてきた。
あの日夜中に食べた小さないちごは、本当にあまくて美味しくて。
娘が泣きながら繰り返す「ママすき」という囁き。
なんとなく一生覚えていたい、2人きりの夜の話。
(記事は下に続きます)
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